都々逸と作詩

都々逸の学びと創作を中心に作詩関連や雑記、散歩写真など。

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緊急事態宣言(雑記)

新型コロナウイルス感染症の広がりによって、何となくではあるが、私の散歩も人混みを避けた道筋を通るようになっていると思う。しかし、この日は、昼酒を提供している居酒屋が軒を連ねる街にうっかり足を踏み入れてしまった。午後2時頃だったはずだ。

昼から、いやおそらく朝から、この街は、この緊急事態宣言下でも、酔客たちで大いなる賑わいをみせている。

 

確かに、この時間であれば緊急事態宣言による午後7時以降の酒類提供の取りやめと、午後8時以降の営業停止要請には、まったく背いていないことになり「正々堂々たる昼日中の居酒屋営業」といったところなのかもしれない。
もっとも、政府によれば外出自粛のお願いは夜だけでなく日中も含むようであるが、それを理解している人がどれだけいるかあやしい。

 

私はこの日、この昼酒街へ来る前に「接待を伴う飲食店」が多く並ぶ道も通った。その道は通常時であれば夜は人通りが多いが、昼間はほとんど人がいない。そのため、この時間にその道を利用することは、感染防止の観点からむしろ安全だろうと考えたからだ。別の意味での安全もある。

考えた通り、確かに歩いている人の数はかなり少なかった。しかし「接待を伴う飲食店」の従業員だと思われる若い女の子たちが店の外に出ていて、時たま前を通る人に対して入店を誘っていたのである。
ただし、それは客引きではないと思われる。あくまでも「入店を誘っていた」だけであろう。なぜなら、この街での客引きは条例で禁止されているはずだからである。

この冷え込み厳しい冬空の下で、ごくたまにしかいない通行人を外でじっと待ち、来た人を誘っている。
コロナ禍で激減してしまっているであろう客数と売上、収入、それを少しでも補おうと必死なのであろう。

この昼キャバ、いや「昼の接待を伴う飲食店」の女の子たちも、生活していくために懸命に頑張っているのであろう。賛否はともかくとして、生活を守るための必死さは十分に感じ取ることができた。

 

さて、昼酒客で賑わう居酒屋街の話に戻るが、その一角で、何かを怒鳴っている男の声を私は聞いた。声の方を見ると、二人の男が路上にいて、そこから怒鳴り声が聞こえる。気になったので、少し近づいて確認してみることにした。

どうやら二人の男は知り合いのようであり、たった今、たまたまこの辺りで行き合ったようである。二人の雰囲気や出で立ちから見て、両者ともこの街の近くに住んでいる人のような感じがした。

 

一人は、先程まで酒を飲んでいたようで、明らかに酔っぱらっていた。決して軽く酔っぱらっているようなものではなく、深酔いで、かなり悪酔いしているようである。

ただ、新型コロナウイルス感染症拡大や緊急事態宣言への配慮であろう、この街の居酒屋には、酒の提供は「一人二杯まで」と、店先に貼り紙がしてあったりするので、何杯も飲むことはできないようだ。
つまり、そんな深酔い、悪酔い状態になるまで一軒の店だけで飲んだわけではなく、ハシゴ酒をしたか、あるいは店で飲む前や後にコンビニ等で買った酒を路上で飲んだ可能性もある。

その酔い方は尋常ではなく、どう見ても気持ち悪そうだし、顔色も青白く、挙動も少し変で、すぐにでも嘔吐しそうな様子でもあった。

 

その酔っぱらいを、もう一人の男が怒鳴るように注意していたのである。

「緊急事態宣言も出ているのに、混雑して密な所で昼間っから飲んで酔っぱらって、何やってるんだ、おまえ、いい加減にしろよ」

だいたいそんなことを何回か怒鳴るように繰り返し言いきかせていた。酔っぱらいに反省と今後の自制を促していたのである。

 

酔っぱらいの方は、その注意をじっと黙って聞きながら項垂れていたが、相手の言葉が途切れたところで、やおら顔を上げ、どうにかやっと絞り出したような声で、こう言い返した。

「そんなことよりよぉ、今はよぉ、俺の体の具合が緊急事態宣言なんだよぉ」